「A子さんは退職できないからね」と退職禁止?10年勤務したヘアサロンを退職出来ないA子さんのケース

皆さんの中でも、会社を退職したくても、退職させてもらえない、という方がいるのではないでしょうか?A子さん(31歳)もその一人です。

A子さん 31歳 美容師(都内3店舗のうち中目黒店勤務10年目)
美容専門学校出身

下積みを重ね、やっと念願の国家資格を取得!

ヘアサロン
ヘアサロンの仕事は一人前の技術者になるまで数年を要する厳しい職場だ

A子さんは21歳から10年間、ずっと、一箇所のヘアサロンに勤務して来ました。

お店は都内の三か所、青山、代官山、中目黒という人気エリアにあり、従業員は合わせて50人弱の中小企業。

社長は現在、50代中盤の男性です。

A子さんは、美容理容専門学校を20歳で卒業し、このヘアサロンに新卒で就職しました。
入社当時は、まず、掃除から始まり、お客様への大きな声でのご挨拶や、ゴミ捨て、伝票の整理、
足りない備品の補充をしたり、と、雑用に、頑張りました。

そして、店が閉まった21:00。ここからがアシスタントの本番スタートです。毎晩、残って、マネキン相手にカットやパーマの練習をしなければなりません。

A子さんは、毎日、終電で帰宅。帰ればそのまま化粧も落とさずベッドで寝落ち。
そんな日々が、果てしなく続きました。その間に、辞めるスタッフも続出しました。
各店舗に散っていた同期5人のうち、気が付けば残ったのは自分一人でした。
それ以来、必死で働き、3年後には、待望の国家資格を見事、取得する事ができました。

必死の努力で遂に全店舗で№1に!

しかし、一人前の美容師になってからは、今度は、毎日が緊張の日々です。自分を指名してくださるお客様も徐々に増えましたが、お客様の要望は十人十色です。

良くご要望を聞いて、毛質はもちろん、職業、ご年齢や着ている服や好みなどとも照らし合わせて、ベストな施術をしなければなりません。

A子さんは、いっときも気を抜かず、全力で頑張りました。

そんな日々の努力が実り、A子さんは、いつの間にか、中目黒店の客数名№1を獲得するようになっていました
気が付けば、店の席数の7割がA子さんのお客様、という日も。
そして、遂に、ある時、青山店、代官山店、中目黒店、全店舗の中で、指名数№1に輝いたのです。

これには、自分もビックリ。他店舗のことは知らなかっただけに、知らされた時は、心底嬉しかったそうです。

その時、ちょうどA子さんは30歳を迎えた歳でした。

ささやかながら、全店舗の有志が集まって、おめでとうパーティを開いてくれました。
二次会ではカラオケに行き、みんなが泣かせる歌を歌ってくれるのです。
A子さんは涙でいっぱいになりました。

地方から東京に出て来て、右も左も分からない東京で、とにかく必死に、深夜、終電まで練習すること3年。
東京に出て来たというのに、東京タワーもスカイツリーも見物することさえなく、必死に練習に明け暮れました。

国家資格に合格した時の嬉しさ。実家の父母に電話した時に、泣いて喜んでくれたこと。
走馬灯のように頭をよぎりました。

30歳になったら、夢を叶えたい!

そしてその時、ふと、頭をよぎりました。
「私ももう30歳だ。そろそろあの夢を叶える時が来たんじゃないだろうか」
あの夢。それは、自分の店を持つ事。独立する事でした。

専門学生の時から、東京で独立したい、それが夢でした。しかしその時のA子さんにとっては果てしなく遠い夢でした。
しかし、あれから10年が経ち、今、手を伸ばせば、届くような気がしました。

それから1年。A子さんは色々、調べた結果、人気の街、表参道に「面貸し」と言って、ブースを貸して気軽に店が出せるシステムがある事を知りました。

色々、熟考をした結果、この予算なら、独立できそうだ。と、いう結果に辿り着きました。

叔父さんが税理士をやっているので、試算してもらったり、先輩で同じシステムで商売をしている人に話を聞きに行ったりと、行動に移しました。

もちろん、実家の父母にも打ち明けました。最初は不安だったようですが、もし、ダメになったら、いつでも実家に帰っておいで、と言って応援してくれました。
兄は地方銀行に勤務しているので、融資のことなど、アドバイスしてくれました。

今の店のスタッフと、別れるのは 寂しいけれど、毎日、オンライン飲み会を夜中にしているし、定休日にはショッピングに一緒に行ったり、美容師免許が取得出来てからは、少し余裕が出来たので、旅行に行ったりもします。

この関係は、店が変わっても続けられると思っていました。

遂に店長に退職願を出す決意をしたA子

退職届
退職届

そして、いよいよ、退職を願い出よう、と決めた日。それは、「退職届を出す」などの本や、ネットで調べた結果でした。

二か月前に願い出ればいい、と、大体の本やネットに書いてありました。

A子さんは10月1日から、独立して表参道で自分のヘアサロンをオープンする段取りを組んでいたので、8月1日に、「退職願」を書いて、まず、自分の直属の上司である、中目黒店の店長に、お話があるので、閉店後にお時間ください、と、申し出ました。

店長は自分より5つ上の男性です。「分かった」と言って、昼間は普通に仕事をしていました。

そして閉店後。なんと、店長は、「ごめん、今日、用事が出来たから時間作れない」と
言って、帰宅してしまったのです。
A子さんは、ビックリしました。「退職願」を握りしめ、呆然としました。

翌日。同じように、店長に、閉店後に話がしたい、と申し出ました。すると、「ここの所、家の用事が多くて、来週にして」と言うのです。

これでは、二か月前に申告するよう、書いてあった、マニュアル上に反します。

「もしかして、わざと引き延ばしてるの?」A子さんは疑心暗鬼になりました。
しかし、A子さんは「話しがある」としか言っておらず、「退職したい」とは言っていません。
なぜだろう?なぜ私の話を聞いてくれないんだろう?と疑問でした。

ついに店長に退職を願い出たものの…

退職願い
退職願をやっと店長に出したものの結果は…

翌週になり、さすがに店長も逃げられないと思ったのか、最初に申し出てから10日以上が経った頃、帰り際、「A子さん、ところで、例の話しって何?」と聞いて来ました。

A子さんは、これまで、10年、このお店にはお世話になったことをまず、伝え、感謝の言葉を述べました。

その上で、自分の夢は、自分の店を持つ事で、学生時代からの憧れだったこと、調べた上で、可能であること。30歳という年齢の区切りで挑戦したい事を話しました。

そして、「大変、申し訳ないのですが、この会社を9月末で退職させて下さい」と頭を下げました。

すると、今まで、仲良く仕事をしていた店長が、態度をガラリと変えて来て、「9月末で退職は早過ぎる」「それは身勝手だ」「残される後輩の身になってみて欲しい」「育ててくれたこの店のことはどうなってもいいのか」などと、矢継ぎ早に言うのです。

A子さんは、「申し訳ございません」と頭を下げるしかありません。

「いつなら辞めてもいいのでしょうか?」と言うと、店長は「それは社長に一度、聞いてみたほうがいい」「A子さんは、顧客がたくさんいるのだから社長に直接話すべきだ」と言われました。

そこで、翌日、A子さんは、社長が常駐している南青山店に電話をし、ご相談させて下さい、と話を持ち掛けました。

すると、店長と同じように、来週も打合せなどで予定が埋まっているから、再来週で。と言って引き延ばして来るのです。既に最初に話を持ち掛けた8月1日から1か月が経ってしまっていました。

退職させてもらえず仮押さえ物件を手放すことに…

独立して店を開こうと、探し出した、表参道のスペースは、この時点で、仮押さえ期間を過ぎてしまい、仕方なく、一旦、白紙にせざるを得ませんでした。

退職出来る見込みが付かない以上、借りても仕方ないからです。気に入った場所だったので、泣く泣く不動産会社に電話をしました。

「一体、私はいつ、退職できるの?」
社長との面談を待つまでの期間、不安で仕方ありませんでした。

そして、いよいよ、9月。社長との面談です。

「話し、聞いたよ」。社長のほうから、切り出されました。そして、次に、驚くべき事を言われたのです。

「顧客情報のカルテ、持ち出してるんだって?」

A子さんは、耳を疑いました。「顧客情報カルテ」とは、お客様の名前、住所、電話番号、メアド、などの故人情報、そして、これまでの来店履歴、使った薬剤などを書いた大事な書類です。

「いえ、そんな事、一切、していません」
社長は「見たっていう人がいるんだけど」と、A子さんの顔も見ずに言います。

「それだけ顧客が付くように育ててくれたのは誰?」「何も出来なかったA子さんを一人前にしてくれたのはこの店じゃないの?」
「その店に対して後ろ足で砂を掛けるのか?」「中目黒店を潰して、後輩を路頭に迷わせたいのか」
「自分の立場を分かっているのか」「A子さんが抜けたら中目黒店の客は今の3割になる可能性がある」「いい年してそんな計算もできないのか」

A子さんは何一つ、言い訳ができないまま、社長から罵倒され続け、1時間、ひたすら、耐えました。

「あなたは退職できないからね、分かった?」

そして最後に言われました。

「A子さんは退職できないからね、分かった?」

「そんな…。私にも私の人生があるんじゃないの?」「退職できないって…そんなことってあるの?」「夢を叶えちゃいけないの?」

泣きながら帰った為、マスカラが剥げ、顔がぐちゃぐちゃになったので、電車には乗れず、仕方なく、タクシーで帰宅しました。

A子さんは今も、同じ店で働いています。

店の他のスタッフに、誰かが、「A子さんは顧客カルテを持ち出そうとした」というデマを流され、以前と雰囲気が変わってしまい、居辛くなってしまいました。

「夢を持って独立したい」という気持ちは、鎖で縛られ、今は、まるで、檻の中の動物のような気持ちです。

「退職できないからね」。この社長の言葉、どうなのでしょうか。

編集部より

A子さんは、頑張って努力を続け、技術者としての今の立場を築きました。もちろん、その為に、応援してくれたお店のスタッフ、社長には感謝すべきではありますが、

だからと言って、「退職できないよ」という社長の考えはいかがなものでしょうか。

まず、以下を押さえていてください。

日本国憲法第22条第1項において「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択 の自由を有する。」 と規定されています。

憲法の中でも特に有名な条文です。

これは職業選択の自由を保障しているもので、自己の従事する職業を決定する自由を意味しています。これには、自分の選択した職業を遂行 する自由、すなわち「営業の自由」も含まれるものと考えられています。

しかし、とは言っても、現実はそう簡単にはいきません。こういう時こそ、「退職代行」を利用してみてはいかがでしょうか。

「退職代行」を利用すれば、この権利について、A子さんに代わって説明をし、場合によっては、法律違反をしている旨を通告します。

お給料についても漏れがないように話し合いをし、退職金の件なども打合せします。その上で、最短で辞められるように、折衝します。

A子さんが一日も早く、夢に向かって歩き出せるように、また、ありもしないデマを流され、店に居辛くなって、最悪、心の病いなどにならないように、「退職代行」は応援してくれるのです。