退職するならこの街に居られなくなる?「辞めるなら後任スタッフ全員連れて来い!」スーパーマーケット勤務・C人さんのケース

辞めるなら後任スタッフを全員連れて来い!
「それまで退職できない」「退職するならこの街に居られなくなるぞ!」
スーパーマーケット勤務 C人さんのケース

C人さん 年齢:31歳 職業;スーパーマーケット勤務・チーフスタッフ(アルバイト)
東京都世田谷区下北沢在住 家族と同居 専門学校卒

皆さんの勤務する企業の中で、いわゆる、ブルーカラーとして勤務している場合、特に零細・中小企業の場合、外国人スタッフが勤務している事は、今や珍しくありませんよね。

ところが2020年初春に起こったコロナ騒動で帰国せざるを得なくなってしまった外国人労働者も多いのではないでしょうか。

また、外国人に限らず、サービス業の場合、多くの人と接触しなくてはならないという仕事の特性上、ホワイトカラーの皆さんのように「在宅ワーク」「リモートワーク」という事が出来ず、人と接触したくない、という理由で次々と退職者が相次ぎ、残されたスタッフで、なんとかシフトを回しているものの、現場は疲弊し切っている、という状況にある事例も多いのではないでしょうか。

そんな職場で、残されたC人さんは、もはや倒れる寸前です。

ここでC人さんのケースをご紹介します。

心から地元を愛するC人さん!祖父の代からこの街に・・

人気の街「下北沢」で祖父から三代。生まれ育ったC人さん

C人さんは、東京・世田谷区の「下北沢」で生まれ、育ちました。
毎年、東京都内の「住みたい街ランキング」の上位にランクインされる人気エリアです。

住みたい街人気の街
下北沢は昔から「住みたい街」として人気。

歴史ある劇場がある他、人気の古着屋さんやカフェ、レコード屋さん、楽器ショップ、
そしてたくさんの有名ミュージシャンを輩出して来たライブハウスが多くあります。

地元には、東京とは思えない「ゆる~い空気」が漂っていて、芸術的な、とても独特なムードがある、とC人さんは言います。

C人さん一家は、祖父の代から下北沢に居を構えていました。実は早いうちから、この街に目を付けた祖父が、開発中だったこの近辺に、当時、小さな土地を買った所から、一家は、下北沢に根を張る事になります。

しかし、後から話を聞くと、祖父はお金目当てでこの街に目を付けたわけではありませんでした。祖父の演劇好きが高じ、この街を代表する劇場に由来する劇作家が好きだったから、という理由があることを、あとから聞かされました。

そんな事もあり、C人さんも、劇作家、シナリオライター、小説家、といった職業に、早くから興味を持ち始めました。小学生の頃から読書作文コンクールなどに応募すると、大体、入賞したと言います。

おじいさんも、そんなC人さんを微笑ましく想い、自分が大事にしている、唐十郎、という有名な劇作家の人の本を、「将来、読むと良い」と譲ってくれました。

祖父の代からこの街に住みこの街を誇りに思って来ました

高い授業料を払って専門学校へ・・しかしバイトと両立・・

さて、C人さんは、地元の公立高校の普通科を無事に卒業しました。そして、高い授業料でしたが、舞台芸術の専門学校へ進学させてもらいました。
そこのシナリオコースで、本格的に、しっかりと、シナリオを学んでみたかったのです。

祖父も、父母も、入学金は払ってあげるから、あとは自分のアルバイトで、なるべく頑張りなさい、と言いました。そして特に、母には、20歳で専門学校を卒業したら、家を出て、一人暮らしが出来るように。それは約束しなさい。と言われました。

妹は医師志望…、20歳になったらあなたは実家を出ていきなさい

C人さんには2歳下の妹がいますが、医師を目指していて、C人さんとは、全く異なる感性を持っていました。

医師ろいう職業
妹は医師を目指して猛勉強をしていました

「妹のジャマになるからなのか…」
C人さんはそれを言われた時、かなりへこんだ、と言います。

20歳で家を出て、一人暮らしをする、という事は、自活を意味します。
しかし、20歳で、シナリオライターとして自活がすぐに出来ているイメージはできなかった、と、C人さんは振り返ります。確かにシナリオライターという職業は狭き門でしょう。

という事は、専門学生時代は、アルバイトをしながら、学費を賄っていき、また、卒業後も、アルバイトをしながら、シナリオライターの活動もしなくてはいけない。

そう思ったのが、18歳のゴールデンウイーク頃だった、と降り返ります。

すぐに地元でアルバイトを開始!

高校を無事に卒業してからC人さんは、専門学校に通学する傍ら、早速、地元でアルバイトをしようと、決意します。

アルバイトをするにあたっての条件は、まず「地元で働くこと」。

職種や時給は二の次だった、と言います。その理由は、まず、通学通勤の効率がいいから、ということと、渋谷や原宿などには仕事はたくさんあるだろうけれども、当時18歳のC人さんには都会過ぎた、と言います。

その上で、18歳の学生でも雇用してくれる所…と考えると…。そう多くはありませんでした。
まず、学生が思い付くアルバイトと言えば、コンビニやファミレスです。同級生も高校生の時からバイトをしていました。しかし、友人から、「コンビニのバイトは覚える事が多過ぎて、本当に大変だ」「ファミレスのバイトはクレーマーがいて怖い」などと聞いた事があり、出来れば避けたい、と思っていました。

ある日曜日、母親に頼まれて、近所のスーパーXに買い物に行った時、ふと、「仲間募集!」の貼り紙を見ました。「バイト募集」ではなく「仲間」という表現が、なんとも親しみが持てた事と、イメージ通り、ここなら近所である事、もし、レジ係なら、覚えてしまえば、単純作業なのではないか、なのであれば、専門学校の勉強に差し障りはないのではないか、と思ったこと。また、シナリオライターを志す上で、多くの人を見る「人間観察」には持ってこいだ、と思ったこと。

色々な観点から問題ないであろう、と思い、早速、面接のお願いの電話をしました。履歴書を書き、久しぶりにスーツを着て面接に。面接官のZさんは、C人さんのおじいさんの知人でした。ひとしきり、おじいさんの話で盛り上がりました。

面接
バイトの面接であってもC人さんはしっかりスーツを着用しました

「やっぱり地元はいいなあ」

翌日には採用の連絡が来ました。こうしてC人さんは、専門学校に通う傍ら、父母との約束通り、バイトで学費を賄うべく、頑張り始めたのです。

レジ係として充実した毎日

C人さんのお財布事情は?

C人さんは、月曜~金曜の朝から夕方4時頃までは専門学校に通学。その後、下北沢に戻り、バイト先に直行。
配属は、希望通り、レジ係でした。

平日は週に3日程度、5時間ほど、レジ係のバイトに励み、土曜日は朝から夜までみっちりバイトに入り、平均して、月に7万強の金額を稼いでいました。

アルバイトの日程
アルバイトと学業の両立。それは簡単な事ではありませんでした

18歳としては、そこそこ満足な金額でした。
学費に5万円、残り、2万円はお小遣いにしました。

しかし、2万円のお小遣いでは正直、不満でした。交通費や、ちょっとしたファストフードを食べると、すぐ無くなってしまいます。

「もう少し、バイトに入ろうかなあ」
「いや、シナリオコンクールに提出する作品を書く時間が必要だ」
「それに学校の課題もある」

そう考えるとお小遣い2万円を大切に使うしか、道がありませんでした。

しかし、バイト自体は、充実していました。街には、総合スーパーは、さほど無く、近隣の人たちは、皆、そこを利用していました。

あの有名脚本家が!あの漫画家が!

中でもC人さんが、なにより、かけがえなく嬉しかった事が有名脚本家、N・S氏や、漫画家X氏が、度々、このスーパーでたばこや珈琲を買っているのを目撃する事です。

「あれ??あの姿はもしや?N・Sさんじゃないのか?」

同じスーパーの年配の女性たちや、また、多く配属されている外国籍スタッフは、むろん、全く気が付いていません。もちろん、表に出るタレントさんや歌手の人のような、華やかさは、脚本家にはありません。むしろ、逆です。どちらかと言えば、地味な印象なのです。

映画関係の職業
有名な映画の脚本家を目の前にして、C人さんは感激です

でも、N・Sさんと言えば、全国ネットで高い視聴率を誇った有名ドラマを何本も書いている脚本家です。多くの有名女優・俳優がN・Sさんの作品に出演したがっているのです。

「でもそんな事知っているのって、この中で、俺だけなんだよな~」C人さんは一人、悦に入ります。

「N・Sさん、何の銘柄、吸っているのかな?お~、『Peace』だ~、さすが、シブいなあ~」。

また、ある日は、この街の名物オジサン、全身水玉の漫画家Xさんがやって来て、いつものお気に入りのホットの缶コーヒーを一本、買っていきます。C人さんは、その光景を、度々、見かけていましたので、Xさんが来店するやいなや、ホットの缶コーヒーを取り出して、用意しておきました。

職場で缶コーヒー
C人さんは予めコーヒーを用意しておきました

「お、坊主!気が利くねぇ、コレが一番、旨いんだよ、分かってるねえ、はい、110円!」
「あ、毎度、ありがとうございます」
「あいよ、また明日来るよ~」
「あ、あの…、えっと、先生の新刊、読ませてもらいました!」
「あいよ、また明日な~」

そんな日常のちょっとした会話が、シナリオライターを目指す、18歳のC人さんには嬉しくて溜まりません。
スーパーのバイトとは言え、業界人を目にする事など、なかなか出来ないからです。

卒業、就職の時期、おじいさんの介護、妹の浪人…

そんな中、あっという間に2年が経ち、C人さんに専門学校卒業の時がやって来ました。
就職活動はしましたが、シナリオライターを志していたC人さんには、どこもうまく、ハマる所はありませんでした。

行きたい就職先がない…

履歴書
本当に行きたい職場はありませんでした

少し希望を曲げれば、「広告代理店のコピーライター」や、「ウェブ関連会社のライター」「人材関連会社で求人広告のコピーライター」等、近い就職先も無くはありませんでした。また、映画関係では、「映画館の運営スタッフ」や、「配給会社の総合職」等もありました。またテレビ番組の制作会社では「制作スタッフ」なども募集していました。

学校の求人だけでなく、自分でも先輩を訪問したり、いくつもの就職サイトに登録したり、と、頑張りましたが、C人さんがなりたい、シナリオライターの見習いをやらせてくれそうな所はありませんでした。

何人か、好きな映画監督の事務所や、脚本家の人の事務所を探して、問い合わせのメールを送ってみましたが、「うちは新卒は採用していません」「うちは現在、特に募集はしていません」との残念な答えでした。

「結局、コンクールで入賞するしか道はないのか…」

だとすれば、やはり、アルバイトを続けながら、これまで通り、作品を書いていくしか道はありません。

「いつになるやら…これは長期戦だぞ…、腹を決めて挑むしかない…」

おじいさんが倒れた!妹が医学部全て不合格!

当初、お母さんとの約束ではC人さんは専門を卒業した20歳で、自活し、実家を出るように約束させられていました。しかし、そうはいかない事情が出来てしまったのです。

一つは同居するおじいさんの介護が必要になった為です。

アルバイトしながら介護
脳溢血でおじいさんが突然、要介護状態に。両親はフルタイム勤務です……。

おじいさんは、ある日の早朝、突然、脳溢血に倒れました。要介護の認定やら入院の準備やら日々の介護やらを、フルタイムで勤務する両親だけで賄う事は難しい状態です。

その上、妹が、医学部の受験に失敗してしまいました。
もちろん、医学部を女子生徒がストレートで合格する事は、すごく難しい事だ、という事は、誰しも分かっていたのですが、受験した3校、全て不合格。ショックのあまり、妹は部屋にこもりきりになり、半ば、うつ病のようになってしまいました。

そんな中、C人さんの力が、家族の中で、重要になってきたのです。お母さんは、もう、C人さんに、家を出て自活しなさい、とは言いませんでした。むしろ、実家にいて助けになって欲しい、というような事を言ってくれました。

C人さんは、スーパーでのバイトを続けながら、実家で暮らし、おじいさんの介護をしながらも、シナリオコンテストに向けて作品を書き続ける、という生活を続けていく事になりました。

そして10年が経った・・・・

時は2020年…。
C人さん一家はどうなったでしょうか…。

C人さんは変わらずバイト生活…

おじいさんは一命を取留め、後遺症が残る脚を鍛える為に、リハビリに頑張っています。

両親は間もなく定年を迎えます。

妹は2浪まで頑張りましたが、残念ながら医学部には入れず、しばらく留学をし、そのまま留学先で知り合った外国人と結婚をしました。

医学部の夢破れ結婚
妹は医師の道を諦め、日本を離れ、海外暮らし

C人さんは、というと、2度、テレビ局主催のシナリオコンクールに入賞し、1度、実際の30分モノのドラマを書かせてもらいました。
その時の配役についても、意見を聞かれ、好きな俳優さんを指名することが出来ました。

しかし、どこかに所属できたわけでも、レギュラーを獲得できたわけでもありません。なので、今でもスーパーで働いています。

違っているのは、役職です。
なんと、C人さん、レジ係全員をまとめる、チーフ職に就いていました。18歳から10年以上、勤務しているわけですから、会社からの信頼も厚いです。

そして、この「下北沢」の街で生まれ育っていますから、頼りにされています。バイトではありますが、給与も、役職手当が付き、大幅アップ、30代~50代のレジ係の主婦さん、そして外国人籍のスタッフたちのシフトを作り、まとめています。

それは突然に…2020年のコロナ騒動で皆がいなくなった…

2020年初春。それは突然、全世界を震撼とさせました。新型コロナウィルスと言われた世界的なウィルスの猛威です。

一番にいなくなったのは、外国人籍のスタッフたちでした。
とにかく、何があるか分からないから、と、まだ政府の方針などが出る前に、故郷に帰国して行きました。
ほとんどが、何も言わず、当日、突然、来なくなった、という状態でした。

半分になったスタッフとクレーマーと化す客たち

これでスタッフは半分に減ってしまいました。

しかし、お客さんは、マスクやトイレットペーパーを求めて、連日、長蛇の列です。
マスクは勿論のこと、トイレットペーパーも、入荷の見通しが立ちません。また、食品も、カップ麺など、保存食がどんどん欠品していきます。

「あの人が私よりも先に取ったのよ!注意してよ!」
「全くマスクはいつ入荷するんだ!」
「今日もトイレットペーパーがないじゃないの!いつ入荷するの?」

今まで、穏やかだった店内に怒号が飛び交います。発注担当の社員に聞いても「全く目処が立っていない」と言うばかりです。

レジ係の女性たちは、毎日毎日、客に怒鳴られ、「申し訳ございません」と繰り返すばかり。
しかも、多くのお客様と接する事により、コロナ感染の恐怖を感じる日々です。

遂に、外国籍スタッフが辞めたのちに、残された8人のスタッフのうち、7人が申し合わせたようにC人さんの元にやって来ました。

すみませんが、今週で辞めます

「私たち、もう、これ以上、頑張るのは無理です」

スタッフ7人は、団子になって、C人さんに向かって言い放ちます。

「接客業などしていたら、コロナに感染してしまうリスクが高すぎます」
「私だけならまだしも、家族まで感染させたら、どうしたらいいんですか?」
「毎日毎日、マスク、マスク、マスク、って…。アタマがおかしくなりそうです」
「先日のトイレットペーパー騒動の時に、手をケガしたんですよ!何の保障もしてくれないですよね!」

だから、私たち、もう、今週で辞めます!

C人さんは、びっくり。これでは、レジ係は自分と、男性アルバイターの2人だけになってしまいます。

「皆さんの言っていることは全部、分かります!自分もそう思っていました!
そんな中で頑張って頂いている事も有難いです。自分はバイトですけど有難うございます!
でも、皆さんで一気に辞めてしまっては、このスーパーは大変、困ります。
どうか、せめて、順番に辞めて頂く事は出来ませんか?」

「いいえ、本当は今日にでも辞めたいんです。だって、外国籍の人たちは勝手にいなくなっちゃったでしょ?それで、まかり通るなら、我々だって辞めさせて頂きます」

C人さんの話など一切、聞いてくれません。それだけ言って、皆、帰って行きました。
その日は木曜日。今週一杯で辞める、ということは、金曜、土曜、日曜、3日間で辞めるということでしょうか。

そのあと、2人で4台のレジを朝8:00~夜22:00まで、どうやって回せばいいのでしょうか?

上司に相談すると言われたことは…

早速、C人さんは、フロアマネージャーに報告、相談に向かいました。すると、思いもかけない事を言われたのです。

今すぐ代わりのスタッフを集めろ!でなければ…

C人さんは、マネージャーは一緒に考えてくれると思っていました。ところが、言われた事は辛らつなものでした。

「これはチーフであるC人君の責任だよ。C人君の力で代わりの人間を集めるしかないね」
「元々、キミは地元の人間なんだから、地元に一杯、知り合いがいるでしょう?誰かいないの?」
「募集のポスターは出すけど、売上げ減少しているんだから人材募集の広告費は0だからね」
「大体、普段のコミュニケーションが出来ていればこんな事にならなかったんじゃないの?」

そして最後に、最もひどい事を言われたのです。

「この店が立ち行かなくなったらキミのせいだよ。噂はすぐ広まって、キミはこの街にいられなくなるよ」

C人さんは「え…。そんな…」と言うしかありませんでした。

スタッフが遂にエプロンと名札を置いて辞めていく…

金曜日。なんとかスタッフは皆、仕事に来てくれました。しかし、この日もマスクやトイレットペーパー、うがい薬の入荷はありません。相変わらず、客からの怒号が飛び交います。

コロナ騒動
うがい薬がなぜかコロナに効き目があると噂になり店頭から消えた

土曜日。いつもより朝早くから混み合っています。カップ麺やお米などが早くから品切れを起こしています。スタッフがずっと謝っています。シフト通りに、円滑に回っていますが、それも明日までかと思うと、C人さんはアタマを抱えます。

日曜日。遂にスタッフ7人が集団で辞める日が来てしまいました。店は朝から混み合っています。早番の人たちが、ロッカールームで私物を片付け、C人さんやマネージャーに挨拶をし、エプロンや名札を置いて辞めて行きました。
入れ替わりに遅番の人達が来て、挨拶をしています。店は夕方、日曜日の一番混み合う時間帯、家族連れで人数も多く増えてしまっています。

そして22:00が来ました。閉店です。いつもの「蛍の光」の音楽が本当に別れの時のように感じられました。

遅番の人達もいよいよ帰って行きました。
「明日から本当に2人きりなのか?」
C人さんは悪い夢を見ているようでした。

残業、休日返上、長時間労働、このままでは倒れてしまう…

月曜日。C人さんは朝7:30に店に入りました。
もう一人の最後のスタッフ、D君は来てくれるのか?D君まで辞めてしまったら?
しかし、D君は現れました。なんとかこの場を二人で乗り切ろう、その為には、代わりを探そう。

まずポスターをいたるところに貼ろう。
友人、知人に当たろう、親にも相談しよう、等と話し合いました。
シフトなど組めません。ヒマな時間を見つけてお互いトイレ休憩を取るしかありません。

その日は、平日ということもあって、夕方のみ混み合いましたが、なんとか、無事に過ぎました。

しかし、こんな状態が1週間、2週間、と過ぎて行きました。
政府では、「外出自粛」の要請が出ましたが、スーパーは時短でも開けておかねばなりません。
2人とも、もう2週間、休み無しです。
この状態はいつまで続くのでしょうか…。自分もそうですが、D君もかわいそうでなりません。

職場で疲れた人
D君も限界です(写真はイメージ・モデルです)

「この店は立ち行かなくなったら、それは僕のせい…この街にいられなくなる…」

マネージャーに言われた言葉がアタマを離れません。
D君も限界だ。一緒に連れて行ってあげて辞めたい…、でも…。いったいぼくは…。

C人さんは、どうすべきなのでしょうか?

編集部より

会社の人員配置の責任は1人のアルバイターが担うべきものではありません。
人事部や経営企画室等、然るべき部署、そしてその部署の責任者が担うものです。

スーパーマーケットであったとしても、店長や、また、チェーン店であれば、その上層部にあたるスーパーバイザー等の役職にいる人物が、人員確保の責務を負うべきでしょう。

C人さんの場合は、直属の上司のフロアマネージャーが、判断を誤っており、チーフといっても、一アルバイターに過ぎないC人さんに、人材確保の責務を負わせようとしています。

C人さんの仕事はあくまでもレジ係であり、また、レジ係のシフトをまとめることであり、本来、人材確保は人事部の管轄なのです。

さらに、コロナという未曽有の状況の中、上司として部下を助けなければならない場面で、脅しとも取れるような、「この街にいられなくなる」等の発言は、絶対に言ってはならない、パワハラ発言です。

店長やマネージャーは、外国籍スタッフが国に帰った段階で人員補充をどうすべきか、考えるべきでした。これはC人さんの職務範囲を超えています。残ったDさんも長時間労働の激務に耐え、2週間、休暇無し、というのは労基法違反です。

C人さんは躊躇なく、辞めても構いませんし、その後、レジ係をどうするかは、企業として、会社が考えるべき事です。もちろん、C人さんは、大好きな地元で、堂々と暮らす権利があります。

それか、思い切って、退職代行を利用してみてはどうでしょうか。
退職代行なら、C人さんに成り代わって交渉をしてくれるのです。
一日も早く、C人さん、そして付いて来てくれたD君が正当な状態になれるよう、行動して欲しいと思います。